※この話はAIによる創作怪談で、全てフィクションです。
20代の塗装職人・真理子は、父の影響でこの道に入った。男の多い建設現場でも気後れすることなく、黙々と刷毛を動かすその姿は、誰よりも職人らしかった。
その日、塗装を任されたのは、古い団地の外壁。解体予定の建物だったが、取り壊す前に「外観だけでもきれいに見せたい」との依頼で、見栄えの整え作業に入っていた。
夏の終わり。空はどんよりとしていて、湿気が重くのしかかる。真理子は足場の3階部分で作業をしていた。外壁のコンクリはひびが多く、どこか不気味な印象を受ける。けれど、仕事は仕事。淡々と白の下地を塗り込んでいく。
数時間が過ぎたころだった。壁の一部が、やけにザラついていた。塗っても塗っても、そこだけがにじんだように色が吸い込まれる。まるで、内側から“何か”が染み出してくるような感じだった。
気味が悪くなり、刷毛を止めてよく見ると――その部分に、うっすらと“人の顔”のような模様が浮かんでいた。目と口のようなものが、湿ったコンクリにぼんやりと現れていたのだ。
「……なんだ、これ」
つぶやきながら、その上から何度も塗り重ねた。顔は隠れたように見えた。しかし、しばらく作業を続けていると、今度は背後から視線を感じる。下にも上にも誰もいない。風もないのに、首筋に冷たい空気がまとわりついた。
そして次の瞬間、耳元で低い声がささやいた。
「ぬらないで……」
驚いて足を滑らせかけた。必死に足場にしがみついて体勢を立て直す。誰かの悪ふざけかと思ったが、そばには誰もいない。念のため無線で作業仲間に確認したが、皆バラバラの場所で作業中。近くに来られるはずがない。
動揺を抑えながら、塗装を続ける真理子。だが、あの“顔”のあった場所だけが、どうしても気になる。次に目を向けたとき――そこには、完全に表情を持った“顔”が浮かび上がっていた。
白い壁の中に、口を大きく開けた、苦悶のような女の顔。血の気のないその顔は、じっと真理子を見上げていた。
「ここにいるのに……」
耳元で、再び女の声。足場が揺れた。バランスを崩した真理子は、命綱で何とか落下を免れたが、意識を失いかけた。
気がついたのは病院だった。落ちたのはほんの数メートルで済んだらしいが、真理子の顔は青ざめたままだった。誰が話しかけても、しばらく何も答えようとしなかった。
後日、あの団地について調べてみると――かつてその3階の部屋で、女性が孤独死していたことがわかった。しかも、遺体が発見されたのは、外壁のちょうど“あの位置”の裏側の部屋だったという。
それ以来、真理子は白い塗料の中に“顔”を見つけるたびに、刷毛を止めるようになった。
塗れば塗るほど、見えなくなるものと、逆に浮かび上がってくるものがある。
あの日の“顔”は、未だに忘れられない。
塗装のたびに、また現れるのではないかと――今でも、あの声が耳元で囁く。
「ぬらないで……わたしを、けさないで……」