【長編】夢見村の寄り夜(よりよ)

場所にまつわる怪談

【長編】夢見村の寄り夜(よりよ)

あの夏、俺は“あの村”に行かなければよかった。
大学で民俗学を専攻していて、卒論のテーマを探していた時だった。
教授から手渡された、黄ばんだ和紙に書かれた一枚の資料には、こう記されていた。

「夢見村――月に一夜、村人全員が同じ夢を見る。
夢の中で“名を呼ばれし者”は、現世に戻ること叶わず。
それを“寄り夜(よりよ)”と呼ぶ」

冗談みたいな内容だった。でも、その文献には日付も、筆者名もある。明治33年、記録したのは東京の学者だった。
俺の好奇心はすぐさま刺激された。誰も知らない村、誰も調査していない風習。これ以上ない題材だと思った。

しかし、その村は地図にすらなかった。教授が「たぶんもう存在しない」と言ったその村は、偶然にも郷土史を扱う小さな私設資料館に、わずかに痕跡が残っていた。

場所は東北の山奥。古い登山地図に、うっすらと「夢見(ゆめみ)」の名が残っていた。

■ 第一夜:沈黙の村

山道を進み、丸一日かけてようやくたどり着いたそこは、信じられないことにまだ“生きていた”。
小さな畑。藁ぶき屋根の家。崩れかけの鳥居。人の暮らしの跡が、確かにあった。

村の入口に立っていると、一人の老婆が現れた。
皺だらけの顔に笑みを浮かべ、こう言った。

「……まさか、お前さん、“見る気”で来たんじゃあるまいね?」

老婆は俺の目をじっと覗き込み、ため息をついた。
「まぁ、来てしまったものは仕方ない。
今夜は“寄り夜”。いっぺん見ていきなされ。
ただし――名前は絶対に、返しちゃいけないよ」

老婆の小屋に泊まることになり、囲炉裏の前で話を聞いた。

夢見村では、月に一度、村中の者が“同じ夢”を見るのだという。
「夢寄せ」という儀式で、“記憶の綱”という名の古布を枕に敷き、決まった位置で眠る。
そうすることで、全員が“夢の道”へと入るらしい。

「夢には道があってね。村人は一列になって歩くんだよ。
先頭には、“あの方”がいらっしゃる。
……でね、その道の途中で“よそ者”が混じると、“あの方”が喜んで寄ってくるのさ。
名を呼ばれたら終い。夢の中で“ここに居たい”と一度でも思ったら、戻れないよ」

冗談みたいな話だと思った。けど、老婆の目は真剣だった。

■ 第二夜:夢の道

夜十時、村の集会所に案内された。
室内には、老若男女が並んで座り、全員が白装束をまとっていた。目は閉じたまま、誰一人として言葉を発さない。

促されるまま、俺も一角に座り、“記憶の綱”というくすんだ布を枕元に置いて、目を閉じた。

――次に意識を持った時、俺は夢の中にいた。

そこは、灰色の空が広がる見知らぬ村だった。
風もなく、音もない。すべてが“停止した世界”のようだった。

前を見ると、村人らしき一団が列を成して歩いている。
皆、白装束をまとい、顔を上げず、ただ無言で前進している。
その列の最後尾に、俺は自然と引き寄せられ、歩き出していた。

不意に、一人の少年がこちらを振り返った。

「……君、名前、なに?」

――やばい。返しちゃダメだ。

そう頭ではわかっていた。
でも、口が勝手に動いた。
夢の中の俺は、まるで操られるように、自分のフルネームを答えていた。

その瞬間、世界が“揺れた”。
空が割れたような音がして、列の全員が一斉にこちらを振り返った。

顔が、なかった。
のっぺらぼうでもない。
顔全体が、まるで“皮を剥がれた”ように赤黒くただれていた。
目のない穴から、ねっとりとした何かが滴っていた。

そして、列の先頭にいた“それ”が、にゅるりと近づいてきた。

黒い衣。巨大な面。
その面は、俺自身の顔をしていた。

「よく来たね。こっちへ、おいで。
 君の居場所は、こっちにあるよ」

……その瞬間、俺は叫びながら目を覚ました。

■ 第三夜:抜け殻

目が覚めたのは、翌日の朝。
だが、おかしい。集会所はもぬけの殻だった。
村は静まり返り、人の気配が一切なくなっていた。

老婆の小屋も空っぽ。
畑の野菜は腐っており、道は泥で崩れていた。
昨日までの光景が、すべて“幻”だったかのように、村は朽ちていた。

俺は逃げるようにして山を下った。
けれど、問題は“その後”だった。

帰ってからというもの、俺は毎月、あの夢を繰り返している。
あの灰色の空、列をなす村人、少年の問いかけ――
そして、俺自身の名を呼ぶ声。

最初は夢で済んでいた。だがある日、現実でも“聞こえた”。
バスの中。図書館のトイレ。帰り道の交差点。
どこからともなく、“俺の声”が、自分の名を呼ぶようになった。

しかも、最近――俺の部屋の壁に、“記憶の綱”と同じ模様が浮かび上がってきている。

■ 最後に

この話をここまで読んでくれたあなたに、ひとつだけお願いがあります。

もし、夢の中で“灰色の村”に出くわしたら、
そして“知らない子ども”に名前を尋ねられたら――

絶対に、返事をしないでください。

それはもう、夢じゃない。
“あの方”があなたを選んだ合図です。

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